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長野地方裁判所 昭和41年(行ウ)10号 判決 1968年4月23日

原告 宮下友衛

被告 長野地方法務局伊那支局登記官

主文

本件訴はいずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告は、「被告が、長野地方法務局伊那支局備付の伊那市大字伊那部字馬場五五三〇番地に関する公図につき、別紙第一図表示のとおり、浮貼りの方法によつてなした訂正処分は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、予備的に、「被告が、長野地方法務局伊那支局備付の伊那市大字伊那部字馬場五五三〇番基地に関する公図につき、別紙第一図表示のとおり、浮貼りの方法によつてなした訂正処分は、無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二、被告は、本案前の申立として、主文同旨の判決を求め、本案の申立として、「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、原告所有の伊那市大字伊那部字馬場五五三〇番の基地(以下五五三〇番の土地という。)の旧土地台帳附属地図(以下公図という。)上の形状は、別紙第二図表示のとおりであつたが、被告は、昭和二七年一一月二一日から昭和三五年五月一一日までの間に、公図上に浮貼りを施してこれを(別紙第一図表示のとおり)訂正(以下本件訂正処分という。)した。

二、そこで、原告は、右訂正処分を不服として、昭和四一年一〇月一〇日、審査請求をなしたところ、長野地方法務局長は、同年一一月一〇日付でこれを却下する旨の裁決をなした。

三、しかしながら、本件五五三〇番の土地について、原告が、譲渡、分筆等をなしたことはなく、また被告に対し、公図訂正の申立をしたこともない。従つて、右公図の訂正は、何ら訂正の原因なくしてなされた違法なものであつて、取消されるべきものである。

四、仮りに、被告主張のとおり、原告に本件訂正処分に対する適法な不服申立手続を経ていない違法があるとしても、右処分についての前記の瑕疵は、明白かつ重大なものであるから、右処分は当然無効なものというべきである。

五、よつて、原告は本件訂正処分の取消を求め、なお、予備的に右処分の無効確認を求める。

第三、被告の主張

一、本案前の主張

(一)、第一次的請求について。

1、(1)、そもそも、いわゆる公図は、旧土地台帳法施行細則第二条の規定によつて、土地の区画および地番を明らかにするため、登記所に備付けられていたものであつて、不動産登記簿のように、土地に関する権利関係を登録して公示することを目的とするものではないから、公図の訂正は何ら土地の権利関係に影響をおよぼすものではない。

(2)、のみならず、不動産登記簿と土地台帳との一元化完了後は、昭和三五年法律第一四号不動産登記法の一部を改正する等の法律により法制上廃止された。即ち、同法第一七条は、登記所に地図および建物所在図を備える旨定めているが、同条にいう地図は、土地改良による確定図、区画整理による換地図、国土調査による地籍図等に基いて作成された正確なものを指し、旧土地台帳付属地図はこれに当らないのである。

(3)、もつとも、現在なお、公図は、登記所に保管され一般人の閲覧、謄写に供されているが、右取扱は法規に依拠するものではなく、不動産登記法第一七条の地図が整備されるまでの間、登記所の内部資料としてこれを保管し、便宜閲覧等に供しているのにすぎない。されば、公図は、もはや、何らの法律上の根拠を有するものではないから、原告主張のとおり公図の訂正がなされたとしても、これにより侵害されるべき法律上保護に値する利益なるものは存しない。

(4)、以上のとおりであるから、本件訂正処分は、抗告訴訟の対象となりうる行政処分には当らないものというべく、右処分の取消を求める本件訴は不適法として却下を免れない。

2、仮に、本件訂正処分が抗告訴訟の対象となり得るとしても、抗告訴訟は、処分があつたことを知つた日から三箇月以内に提起すべく、ただ右期間は、処分に対する審査請求を経た場合には、裁決があつたことを知つた日から起算される。しかし、右審査請求は適法なものであることを要するところ、原告は、本件訂正処分が行われたことを昭和三五年五月一一日了知し、その後昭和四一年一〇月一〇日になつて、右訂正処分を不服として審査請求をなしたが、右審査請求は不適法としてされたのであるから、右裁決後に提起された本件訴は出訴期間を徒過した不適法なものであり、却下を免れない。

(二)、予備的請求について。

1、本件訂正処分が抗告訴訟の対象となりうる行政処分に当らないことは、前述のとおりであるから、右処分の無効確認を求める訴もまた不適法として却下を免れない。

2、仮りに本件訂正処分か抗告訴訟の対象となりうる行政処分であるとしても、原告は右処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有していないから、いずれにしても本件訴は不適法にして却下を免れない。

二、本案に対する主張

(一)、請求原因事実の認否

1、請求原因一記載の事実中、本件五五三〇番の土地が原告の所有であることは知らない。本件公図の訂正が原告主張の頃被告によつてなされたとの事実は否認する。その余の事実は認める。

2、同二記載の事実は認める。

3、同三および四記載の事実は争う。

(二)、本件公図訂正の経緯

本件公図訂正は、昭和二五年法律第二二七号土地台帳法等の一部改正に関する法律により、台帳事務が税務署から登記所に移管される以前に、伊那税務署においてなされたものと推測される。すなわち、旧土地台帳には、伊那市大字伊那部字馬場五五二九番の畑(以下五五二九番の土地という)一反一八歩および五五三〇番の基地一一歩はともに原告の先代亡宮下作十の所有として登録されていたところ、同人は、大正四年二月一二日伊那税務署に対し、五五二九番の土地につき、測量図を添付した申告書をもつて地目変換および地積訂正ならびにこれに伴う公図訂正の申告をした。しかして、伊那税務署は、その頃、右申告に基づき、五五二九番の土地の台帳上の地目を原野に、地積を一反二畝二二歩にそれぞれ修正したのであるが、その際、公図についても右申告書添付の測量図に従い、浮貼りの方法をもつて、別紙第一図表示のとおり訂正したものと窺われるから、右訂正手続には何等ら違法はない。

第四、被告の主張に対する原告の反論

一、本案前の主張に対する反論

(一)、第一次的請求について。

1、公図について、不動産登記簿が土地に関する権利関係を登録公示することと同一の効力を認めることはできないとしても、公図は関係土地の区画および地番について出来る限りの正確さを担保するものとして用いられ、相対的な公定力ならびに権利推定力をこれに付与する趣旨のものであり、またそのような機能を現実に果して来た。すなわち、公図は、登記簿の如き規範的、絶対的な意味での権利関係の登録公示の機能まではもたないとしても、土地の区画ならびに地番について相対的な権利関係の登録公示の機能を有して来た。従つて、登記官が何らの法律的根拠に基づかずに、公図を改変することは、旧土地台帳法施行細則第二条の法意に反するものとして、法律上の保護に値する利益の侵害となることは明らかである。されば、本件訂正処分は、抗告訴訟の対象となりうる行政処分であるというべく、これが取消を求める本件訴は適法なものというべきである。

2、次に、原告が本件訂正処分がなされたことを知つたのは被告主張のとおり昭和三五年五月一一日であるが、これが一定の法律的効果を有することを認識したのは昭和四一年六月一〇日言渡された長野地方裁判所伊那支部昭和三七年(ワ)第五六号境界確認事件の判決によつてであつて、しかもその後本件訴を提起するまで、果してこれが該公図の訂正であるのか、一時的な修正であるのかも判明し難い状況にあつたものであるから、かかる場合は、行政不服審査法第一四条第一項但書の、処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六〇日以内に、審査請求をしなかつたことについてやむをえない理由があるときおよび同条第三項但書の、処分があつた日の翌日から起算して一年を経過した後に審査請求をすることについて、正当な理由があるときに該当する。従つて、原告のなした本件訂正処分に対する審査請求は適法なものであるから、これに対する裁決を経た後、行政事件訴訟法所定の三箇月の期間内である昭和四一年一一月二四日に提起した本件訴は適法なものというべきである。

(二)、予備的請求について。

本件訂正処分が抗告訴訟の対象となりうる行政処分であることは、前述のとおりである。そして、原告は、現在五五三〇番の土地の隣接地五五二九番の土地の所有者である訴外伊那東大社との間で、両地の境界をめぐつて紛争中であるが、右の如く五五三〇番の土地の公図が違法に訂正されたため、測り知れない損害を蒙つているから、原告は、本件訂正処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者であるというべきであつて、本件訴は適法なものである。

二、公図訂正の経緯についての主張に対する認否

被告の主張二の(二)記載の事実中、旧土地台帳には五五二九番および五五三〇番の両地がいずれも作十の所有として登録されていたことおよび大正四年二月一二日作十が伊那税務署に対し、五五二九番の土地につき測量図を添付して地類変換ならびに地積訂正の申立をしたことはいずれも認めるが、作十が公図訂正の申告をしたとの事実および右申告に基づき伊那税務署が本件訂正処分をしたとの事実はいずれも否認する。

第五、証拠<省略>

理由

一、請求原因事実中、本件五五三〇番の土地についての公図につき、別紙第一図表示のとおり、浮貼りの方法によつてこれを訂正した形跡の存することは当事者間に争いがない。

二、そこで、公図の訂正が抗告訴訟の対象となりうべき行政処分であるかどうかの点について判断する。

いわゆる公図は、旧土地台帳法施行細則第二条の「登記所には土地台帳の外に地図を備える。地図は土地の区画および地番を明らかにするものでなければならない。」との規定に基き登記所に備付けられていたものであり、旧土地台帳は、同法第一条に明定するとおり、土地についてその状況を明確にするために必要な事項の登録を行うことを目的として設けられたものであるから、公図も、土地台帳とあいまつて、権利関係の対象である右台帳に登録された土地の客観的状況を明確にすることを目的とするものであるというべきである。そして、右のとおり、土地台帳ならびに公図は、不動産登記簿と同様に登記所備付けの公簿とされていたところから、公図についても、その記載は、当該土地の区画、地番等につき、原告の主張する如く、相対的な公定力ないしは権利推定力まで有するものとはいい得ないにしても、従来、一般に、かなり強度の証明力を有するものとして取扱われていたことは否めないところである。

しかしながら、右に述べたとおり、土地台帳ならびに公図は、不動産登記簿とは異り、本来権利関係の登録、公示を目的とするものではなく、土地についての事実状態の把握を目的とするものであるから、右証明力といえども絶対的なものではなく、当該土地に関する争訟においては、一つの証拠資料となり得るというだけのものにすぎず、もとより、これに対し反証を挙げて争うことができることはいうまでもない。

そうすると、土地に関する争訟等において、当該土地の所有者らが、その公図を証拠に供することによつて享受し得る利益は、単なる事実上の利益にすぎないものであるというべきであり、従つて、公図の訂正も、当該土地についての権利者たる国民の権利義務に直接影響を及ぼす効力をもつものではないと解すべきであるから、公図の訂正は、抗告訴訟の対象となり得べき行政処分には当らないものといわざるを得ない。

なお、昭和二五年法律第二二七号土地台帳法等の一部改正に関する法律により、台帳事務が税務署から登記所に移管される以前においては、土地台帳は、税務署が地租の課税標準たる土地の賃貸価格の均衡適正を図るため、土地の状況を明確に把握するに必要な事項の登録を行う(右改正前の旧土地台帳法第一条)ことを目的として設けられていた課税台帳にすぎないものであり、右台帳付属の図面も、右目的に資するためのものにすぎないというべきであるから、先に右法改正後の図面について述べた理は、この図面の場合においても異らないものというべきである。

三、以上の次第であるから、本件各訴はいずれも不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西山俊彦 落合威 小田部米彦)

別紙第一図<省略>

別紙第二図<省略>

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